こんにちは、ツイてる坊主です。
今日は『この世に生まれてきた魂の目的は「体験」である』というお話をしたいと思います。
斎藤一人さんがおススメしている「ふわふわ」という言霊を唱えていると、不思議と平穏な心で気軽さを保つことができます。
これを単なる気休めと感じる方もいるかもしれませんが、気持ちが軽くなるだけでなく「考え方」にも柔軟性が生まれているように感じます。
例えば、これまでだったらいいことがあったら幸せ、悪いことがあったら不幸、このように一つ一つの物事にいい悪いの判別をつけることが多かったんですね。
それが、ふわふわと気軽な思考になってくると、真面目さや完璧主義が和らいでくるので、どんな出来事も『一つの体験』としてとらえることができるようになるんです。
よく一人さんがグレーゾーンを大切にするんだよ!とおっしゃているように、起きた問題や悩み、迷っていることに対して白黒はっきりつける必要はありません。
世間的には中途半端はよくないよと言われがちですが、この世界では100%を求めれば求めるほど心が苦しくなってしまいます。
それに何か新しいチャレンジをする時も、うまくいくかどうかが50%くらいだからこそ「おもしろい!ワクワクする♪」と感じるものですよね。
遊園地のジェットコースターだって、乗ってみたい気持ちと怖い気持ちが半々だからこそ、結果的に「楽しい」と感じる心が倍増されるわけです。
あなたは普段、柔軟な思考で遊び心を持てていますか?それとも、何事にも完璧を求めてしまいますか?
無意識のうちに、夢が叶って成功したら幸せな人生で、夢が叶わず失敗に終わったら不幸な人生という判別をしてしまうこともあるでしょう。
人間の視点ではそれが正解かもしれませんが、魂の視点ではよくも悪くも全ては「一つの体験」にすぎないのです。
例えば、事故で足が不自由になってしまったとしても、そのケガをするまでは自分で自分の機嫌をとることができなかったのかもしれません。
また、これまでは自分自身を愛して大切にする機会や、健康面で不自由を感じている人に優しい心を持つ機会が全くなかったのかもしれません。
そういった広い視野でとらえると、事故だろうが病気だろうがムダな経験など一切存在しないんだということに気づくことができます。
この世に生まれてきた目的は失敗のない人生を送るためでも、成功をつかむ人生を送るためでもありません。
もちろん、喜びや感謝を味わうことも貴重な体験ではありますが、必ずしも人間の視点での幸福が全てではないんですね。
僕自身も以前、斎藤一人さんの教えを学び始めた頃は、天国言葉を口にしているのにまた嫌なことがあった。顔にツヤを出しているのにまた嫌な人に出会ったと感じていました。
それで他人との比較で自分のことを卑下して、毎日のように「何をやってもダメな人間だ。何もできない人生だった。」って口にしていたんです。
本当に未熟ですよね(笑)。せっかく天国言葉を口にしても、その後に地獄言葉を吐いてしまったらプラマイ0で何の意味もないのに・・・。
この宇宙の仕組みを学んで全体像を知ってからは、シンプルにいつも「光」にピントを合わせて、決して「闇」にはピントを合わせないという作業が自然とできるようになりました。
HSP気質で人目が気になったり弱気になったりすることもありますが、「自分の周りには悪口を言う人なんかいない」「あの人もこの人もみんな味方だしいい人だ」とそう思い込むようにしています。
結局、自分の人生は自分自身で作っているので、豊かな波動を出しながら「貧しい現実」が映し出されることはないんです。
もし貧しい現実が目の前に出てきたとしても、それは起きた出来事や周囲の人に原因があるわけではありません。
元をたどると、必ず貧しい波動を出してしまった自分自身に問題があるので、そこだけは常に心得るようにしています。
やはり僕が尊敬している斎藤一人さんのすごいところは、商売としての才能はもちろんですが、一番の魅力は人としてのあり方ですからね。
ちょっと嫌なことがあったからといって不機嫌になったり、地獄言葉をまき散らして周囲に迷惑をかけるわけにはいきません。
どんな悩みも問題も、いずれダイヤモンドに変わります。無駄な経験などありませんし、全ては魂の成長に欠かせない貴重な体験です。
どうせ生きるなら寿命を迎えるまでの間、この人生に良し悪しの判別をつけずに明るく生きて人に親切にする。今後もそういった生き方をしていけたらと思います。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
感謝してます。