ネットで人を叩く人が抱える心の闇とは【斎藤一人】

みなさん、こんにちは!ツイてる坊主です。

本日は、斎藤一人さんから学んだ「ネットで人を叩く人が抱える心の闇」について、お話したいと思います。

ひとりさんいわく、人間は不幸な時に人をいじめたくなる!という特徴を持っているとのこと。

これは何となくわかりますよね。今を幸せに生きている人であれば、わざわざ他人の粗探しをしようとは思いませんから

おそらく、ネットで誹謗中傷することで、自分の人生がうまくいかない現実を紛らわそうとしているのでしょう。

しかし、そういった「文字媒体での地獄言葉」というのも、宇宙の法則では『悪因』になってしまうので、現状の苦しみが緩和するどころか、どんどん不幸を加速させることになります。

また、これは個人的な意見ではありますが、汚い言葉を使う人に対しては、一切妥協せずに、厳しく対処すべきと感じています。

やはり、斎藤一人さんもおっしゃっているように、暗い人が明るい人に合わせる世の中になる必要がある

というのも、明るく楽しく生きている人達が、何か問題が起きる度に、暗い人達に「波動」を下げられてしまうと、全体が停滞してしまうんですね。

だから、悪質な行為に対しては、常に毅然とした態度をとり、場合によっては法的に処分しなければなりません。
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こういう話は、すでにいろんなところで聞いているのかもしれませんが、それでも特に日本人は、優しくて親切な方も多いので、「悩んでいる人がいたら助けてあげたい!」と、そう思ってしまいますよね。

ただ、『悩み』って、たいてい自分のことだけを考えている時に出てくるもので、「あの人がこうで・・」という悩みであっても、元をたどれば自分自身を一番に考えているわけです

なので、自分が地獄言葉を吐くたびに、相手の「明るい心の灯が消えてしまうかも・・」という、ちょっとした想像力を持てる人は、そんな頻繁に「悩み相談」をすることはないはず。

もちろん、「この人の意見を参考にしたい!」という前向きな動機で、自分のことを話して、相手の意見を聞き入れるといったケースであれば、相手にとっても「頼られてうれしい♪」と感じる側面はあると思いますよ。

その代わり、『愚痴・不平不満・泣き言・文句・悪口』のオンパレードだとしたら、相手にとってはメリットどころか、暗い気持ちになるだけで、さらに地獄言葉が別の人にも拡散されていくことにもなりかねない。

中には、「ストレス発散の場は大切である!」と主張する人もいますが、ストレスの発散を理由に、人に迷惑をかけたり、傷つけたり、心を暗くしたりしていいわけがありません

どんな理由があってもダメなものはダメ!そもそも、あなたが不幸に生きていることと、他人が幸せに生きることは全く無関係ですからね。
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ネットで人を叩く人が抱える心の闇とは、「何で自分だけがこんなに不幸なんだ・・」という強い劣等感。

これは、ネットで書き込みをしていない人であっても、心の中にコンプレックスを持っている人は多いのではないでしょうか

普段から、「何であの人が出世するんだ。許せない・・。」と感じたり、「あの人がいるとイライラする」「早くいなくなればいいのに」と思ってしまうなど。

これは、他人との比較や競争社会を生み出した、日本の『学校教育』や『文化・風潮』が影響している側面もあるのかもしれません。

ただ、何が原因であれ、どんな理由であれ、神の視点から見ると、「その中で幸せになりなさい」ということになります

斎藤一人さんいわく、神様は、直接幸せを与えるというよりも、『幸せになる材料』を山ほど与えてくれているんだそうです

だから、自分に備わった外見や性格、能力など、それらをフルに活用すれば、人生をトータルで見た時に元がとれるようになっている。

要は、苦労が多い人であれば、その分、「幸せを感じる機会」もちゃんと用意されているんですね。

例えば、過去の人生を振り返った時に、自分をいじめた憎い人のことを思い出すことがあるとします。

でも、過去に出会った人の中には、「優しく声をかけてくれた近所のおじさん」がいたり、「たわいもない会話に付き合ってくれた友人」がいたり、「困っている時に助けてくれた家族」がいたりしたはず。

そして、幸せのハードルを下げてみると、無条件に寝泊まりできる「住む家」があり、当たり前のように毎日「食事」が目の前に出てきて、気付いたら「着る服」が洗濯されてきれいになっている。

さらに深掘りすると、世の中には、膨大な借金を抱える人、貧困で飢えている人、難病や障害で苦しんでいる人、暴力から逃れられない人などがいるけれど、自分は五体満足で、それなりに豊かな生活を送ることができている。

そうやって一つ一つの幸せをかみ砕いてとらえた時、人生全般で見ると、自分の人生が悪くないどころか、この時代の日本に生まれただけで『運がいい』ともいえるわけです。

確かに、上には上があるけど、下には下があって、どれがいい悪いじゃない。その中で、どうやって自分自身が幸せを見つけ、幸せを感じ、生きていくか

そう考えた時、トータルで見れば幸せ!そう明るい解釈ができるようになるはずです。

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