天国言葉「ツイてる」の効果を実感できない人の特徴【斎藤一人】

斎藤一人さんの天国言葉「ツイてる」を唱え続けているのに、全く効果を感じないという人にはある一つの特徴があります。

それは、「自分はツキのある人間なんだ」と心で思うことができていない点。

これに対してあなたは、「え?だって一人さんは心が伴わなくてもいいって言ってたよ?」と、腑に落ちない気持ちになるかもしれません。

しかし、ツイてるを口癖にしていれば心は関係ない!という教えは、初めて天国言葉を知った人に当てはまることなので、ずーっとそのままでいいというわけではないんですね。
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では、なぜ、あなたは心から「自分にはツキがある」と思うことができていないのか。

その理由は、過去の経験から、「どうせ努力をしても結局ダメになるんだ・・」というブロックを無意識に持っているからです。

だから、ツイてる!ツイてる!ツイてる!と、毎日100回唱え続けていても、なかなかその効果を実感することができないのです。

もちろん、口にしないよりは口にした方がいいと思います。ただ、『波動』といって、あなたの心の状態が現実を引き寄せることになるので、やはり心で思うことができないと、苦しい現実を変えることは難しい。

このことを知った上で、今日からは「ツイてる!」と口にするだけでなく、今日一日の中でどんなツキに恵まれていたかな・・と、思い当たる幸運を書き記してみてください。
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例えば、今日もご飯が食べれてツイてる、話し相手がいてツイてる、日本に生まれてツイてる、お風呂に入れてツイてる、ぐっすり眠れてツイてる、こんな気づきがあってツイてる、笑顔になれる時間があってツイてるなど。

このように、毎日、ただただ言霊を唱えるだけでなく、具体的な内容を書き記しながら「心で思う」こともセットで習慣にしていくんです。

この作業によって、少しずつ『あなたから出る波動』が上昇し、その明るい気持ちが次々とうれしい現象を引き寄せるようになっていきます。

今度こそ、斎藤一人さんの天国言葉「ツイてる」の効果を実感できるようになるでしょう。

反スピリチュアル主義者の言い分【斎藤一人】

本日は、斎藤一人さんの教えをもとに、「スピリチュアル否定派でも幸せに生きる方法」というお話をしたいと思います。

まず、スピリチュアルという言葉を聞いた時に、目には見えない宇宙の真理を学んで、もっと成長したい!もっと幸せになりたい!と思う人もいれば、そんなの意味がないし自分には必要ない!!と、一貫して否定する人もいます。

これに関しては、どちらがいい悪いということはありません。決して、スピリチュアル肯定派が幸せで、否定派が不幸とは限らないので、その辺は個人の自由です。

なぜなら、スピリチュアルを全く知らない人や一切信じていない人であっても、明るく幸せに生きている人はたくさんいるからです。

一方で、目には見えない真理を一生懸命勉強しているけど、行動することを恐れて逃げてしまい、知識はあるのに現状が苦しいと感じている人もたくさんいます

ただ、知識があってもなくても、どちらにしろ潜在意識の中では常に「魂の成長」を望んでいますし、その全貌を潜在的にはちゃんと理解しているんです。

なので、「宇宙の法則」や「引き寄せの法則」に興味を示さない人にまで、幸せになってもらうためにも何とか伝えなきゃ!教えなきゃ!と、押し付ける必要はありません。

ひとりさんの教えにも、「どっちが正しいかではなく、どっちが楽しいかで物事を判断するんだよ♪」という教えがありますよね。だから、どちらか楽しい方を選べばそれが正解。

要は、その人にとって学ぶべき時が来れば、ベストなタイミングで学ぶことになるということ。
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人によっては頭で理解しなければ行動に移せない人もいますし、様々な失敗や後悔の経験を経て、それをきっかけにスピリチュアルを学び始めるという人もいます。

ちなみに、私の場合は、あまり悩んだり苦しんだりせずに、のほほんと明るく幸せに生きたいと思っていましたが、どうしても目には見えない「心の在り方」や「考え方の改善」に目を向けて、向き合わなければならない人生だったと感じています。

でも、この人生が不幸だとは全く思っていませんし、ハンデや不利なことがたくさんあったからこそ、改善の余地もたくさんあって、伸びしろのあるおもしろい人生を送れているわけです。

過去を振り返ると、『何をやってもうまくいかない人生だな・・』と感じることは多々ありましたが、見方を変えれば、これから「何をやってもうまくいく人生」も経験することができるはず。

これは『正負の法則』と言って、人生全般を通じて、プラスとマイナスのバランスはとれているものなので、マイナスだけで終わるということは、絶対にないと思っています。

それに、もしかしたら自分では気づいていないだけで、あらゆる場面で、すでにそのバランスが保たれながら、これまで生きてこれたのかもしれませんしね。

人間って嫌なことがあると、その時はどうしても不幸を感じてしまうものですが、後から振り返った時に「あの出来事があったから今の自分がある」と、時間差で感謝の気持ちが芽生えることもあります

あの斎藤一人さんも、学校の勉強が苦手で体も弱かったそうですが、だからこそ、たくさん本を読み、自分で青汁酢を作り、それを惜しみなく人に与え、その先で「商人のプロ」として、その道を極めることに成功しました。

まるで、最初からその筋書きが決まっていたかのように、幸せの道につながっていたわけです。
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私の場合は、そういった正負の法則を学んだ後も、受け入れられるようになるまでだいぶ時間がかかりました。

子どもの頃からずーっと無気力で、なぜか家族が苦手で、学校にも馴染めず、社会でも通用しない。え?そんなことあるの?って客観的に自分でもそう思うくらい、何をやってもダメだったんです。

ビクビクオドオドした性格、決して好かれない外見、何一つ発揮できない実力、さらに健康面でのハンデなど、これだけ悪いところがあるなら、絶対に神様は何か一つでも、自分が幸せに生きられる要素を創ってくれているはず。

そんな気持ちで、神様とよくバトルをしていました(笑)バトルというか、「なんでですか?どうしたらいいですか?この自分で幸せに生きられるとしたらどんな方法があるんですか?」と、そういう訴えを何度もしていました(笑)

今思うことは、きっと自分は『運がいい』からここまでやってこれたんだと、そう解釈するようにしています。

世の中には、実力があっても運に見放されて、なかなかうまくいかない人生を送る人もいるわけですから、自分はこの人生の中で、きっとプラスとマイナスの正負バランスが、『運』というツキによって保たれているのだと思います

だから、前世の因果とか親の子育てとか、不幸の要因に目を向けたらきりがありませんが、結局、最後の最後は、いかに自分にとって都合のいい解釈ができるか。その解釈の仕方次第です。

そこに気づくまでは、神様はなんでこんな試練を与えるんだろう。何も悪いことはしていないのに、いい行いをしてきたのに、なぜこれまでの努力が結果に表れないんだろう。そんな気持ちになってしまいますよね。

ただ、人間はうまくいっている時に学べることもあれば、うまくいっていない時にしか学べないこともあります。

孤独を感じる経験がなければ、寂しがっている人の心を理解できませんし、本当にお金に困る経験をしなければ、必要以上の浪費や投資癖が治らないのかもしれません。

なので、おそらく私の人生でハンデや不利なことが多いと感じるのも、きっと、それ相応の幸せ要素を持っているからなのでしょう

もちろん、この考え方が正しいかどうか正解はわかりませんが、その解釈で幸せに生きていけるのであれば、間違いなく正解なのだと思います。
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では、逆に、目には見えない概念を否定したり、批判したり、全く受け入れられないという人。

また、ちょっと興味はあるけど、宗教みたいで何だか気持ちが悪い!といった視点を持っている人は、どんな感覚でスピリチュアルのことをとらえているのでしょうか。

もしかしたら、宇宙の法則に関する情報発信をしている人が、少し難しい専門用語や空想に近いイメージの中での話をしていて、それに対して「怪しい」とか「気味が悪い」といった印象を持たれているのかもしれません。

もちろん、その謎めいたところが神秘的で面白い♪と感じる人も多いわけですが、中には理論立てて考えることができない非現実的な空理空論として、ばっさり切り捨てる人もいますよね。

それに関しては、私自身も普段からスピリチュアル関連の動画を拝見していますが、確かに、たまに聞いたことがない言葉や世界観を耳にすると、ちょっと複雑で難しい話なのかなと感じることはあります。

とはいえ、そういった部類の情報発信をしている人の中でも、本当にいろんなタイプの人がいるので、ちゃんと例え話を挟みながら、現実に役立つような内容に落とし込んで、わかりやすく伝えてくださっている方もいますよ。

私は、よく、現実主義スピリチュアルカウンセラーのKIKOさんという方のお話を聞くことがありますが、とてもわかりやすくお話してくださっているのでおススメです。

きっと、この地球に生まれてきた以上は、そういった『現実に寄り添った形』でお伝えしてくださる方のお話を参考にしながら、実際の行動に移すことが大切なのでしょう。

現世で最も大切なことは、自分で行動して経験すること。そして、喜怒哀楽などのあらゆる感情を味わうことです

そうやって現世を終え、あの世で反省点を振り返り、来世のシナリオ(定め)を決めて、また生まれ変わる。こうして、輪廻転生を繰り返していく流れになります。
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このように、シンプルに考えると、スピリチュアルというのは決して難しいものではなく、目には見えない心や考え方を大切にして、人間としての在り方と向き合っていきましょう!ということ。なので、何か大きな結果や成功を収めることだけが全てではありません。

中には、学歴やキャリア、権力、地位、名誉、立場など、そういったものに固執して、目に見える形だけに価値を見い出し、心を大切にする人を見下したりバカにしたりする人もいますが、そういった人はまだ未熟な魂で学びが足りていないんです。

人間界では価値があると思っていることでも、あの世に戻ると、全く価値のないものだったと改めて気づかされることになります。

例えば、これだけお金持ちになって偉くなったのだから、人をバカにしたり威張ったりしてもいいんだ!!と思い込んでいたけど、本来であれば、人生がうまくいっている時こそ、人に何か喜びを与えたり、役に立ったり、助けてあげたり、恵んであげたりすべきだった。

そういう人間的な成長につながる行動を謙虚に行うべきだったと、そういった反省をあの世で行うことになるのです

逆に、ずっと貧乏で、それが原因でお金がないから自分は不幸・・と思って生きてきた人は、もしかしたら、本来学ぶべきことが、「貧乏でもいじけないこと」「知恵を使って人の助けを借りること」「小さな幸せや楽しみを見つけること」「貧しくても最後まで生き抜くこと」など、そういった定めなのかもしれません。

つまり、反スピリチュアル主義の人も、「魂」はただただ幸せに生きたい!成長したい!と、潜在的にはそう理解はしているけれど、この物的世界にいると、どうしても自我の強さが出てしまって、本当に大切なことを見失ってしまうことがあるのです。

ただ、それが悪い!!と解釈してしまうのが一番ネガティブな生き方になってしまうので、そうではなくて「悔しい」「苦しい」「寂しい」「辛い」「もどかしい」「何とかしたい」「叶えたい」「救われたい」など、このような様々な心の動きを体感することに意味があるので、誰一人として無駄な人生は存在しません

だって、そうですよね。もしかしたら、現世では生まれながらにしてお金持ちの環境で過ごす人生だとしても、来世では貧しい国に生まれ育つ人生で頑張るのかもしれない。
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そう考えると、魅力的な人に嫉妬したり、足を引っ張ったり、批判したりする必要なんて全くありませんよね。

例えば、あの人は実力がないのに、親に家を建ててもらって裕福な生活をしている!と、あざ笑う人もいるかもしれないけど、『実力がないのにお金持ちになる運の良さを兼ね備えている』その背景には、前世でたくさん人のために奉仕を行ってきたのかもしれません

そういった想像力を持つことができるのが、スピリチュアルを学ぶ一つの醍醐味なのではないでしょうか。

おそらく、こういった話を聞いても、意味がない・気持ち悪い・必要ない!と感じる人はいると思いますが、それはそれで何も問題ないと思います。

その人が、本当に必要だと感じるタイミングが来たら学べばいいことですし、学ばざるを得ない状況になったり、心境になったりした時が、ベストな学びのタイミングなので、その時が来たらぜひ、楽しく学んでみていただけたらと思います。

私は何百年に一度の月の時代とか、風の時代とか、太陽の時代とか、そういったことは自分ではよくわからなかったので、いろんな人の動画を見ながら少しずつ理解しているところです。

自分には、未来を予知する特殊能力などを持っているわけではありませんが、斎藤一人さんがおっしゃっているように、「日々の生活で奇跡はすでに起きている」と思って、感謝の気持ちを大切にしています。

ご飯が食べられること、目が見えること、耳が聞こえること、外に出て歩くことができること。こうした一つ一つの奇跡を感じながら、目には見えない心や考え方に焦点を当てる。

そして、「自分には価値がある」「自分はすごいんだ」「やればできる」「幸せ」「豊か」「なんとかなる」など、こういった言霊を使って、これからも平和に過ごしていけたらと思います。

寿命が来るまで生き抜くことに意味がある【斎藤一人】

本日は、「寿命が来るまで生き抜くことに意味がある」というお話をしたいと思います。

今年は、芸能人の暗いニュースやコロナの影響もあり、自分自身の人生とじっくり向き合う時間が増えたと感じる方も多いのではないでしょうか。

今、自分はなぜ生きているのか、がんばって生き抜いたところで、一体何が待っているというのか。

おそらく、誰もが一度は思い浮かべる疑問だと思いますが、最終的には、そんな答えの出ない漠然とした疑問は持たず、ただただ楽しく幸せな人生を追い求めた方がいい!という結論に達することになります。

きっとそれが正解ですし、考えても仕方のないことは、とっとと忘れた方が、精神的にも健全な状態でいられる人がほとんどでしょう。

ただ、どうしても生死について考えずにはいられない場合は、もしかしたら、ちゃんと向き合って学ぶことが、あなたにとっては、幸せな人生を送るために必要なことなのかもしれません。

もちろん、人それぞれ魂のレベルは異なるので、今、何を学ぶ段階なのかは、その人にしかわからないことですが、個人的には、誰がどんな価値観を持っていようが、今を幸せに生きることが一番だと思っています。
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私は普段、斎藤一人さんを師匠としていますが、その教えに従うことが目的ではなく、この人生で「幸せを感じながら生きる」ことを目的にしているんですね

また、一人さん以外で成功者の方のお話を聞くにしても、自分の人生には当てはまらないなと感じたら、無理に取り入れることはしません。

なぜなら、先人の成功者と同じ成功ができたとしても、『その人と同じ幸福感を得られる』とは限らないからです。

なので、「押してダメなら引く」という言葉があるように、自分自身が幸せな感覚で生きられて、物事がスムーズにいく時はそのままでOK。不幸な感覚で、物事がスムーズにいかない時は「考え方」を改善するようにしています。

そんな中、今年に入ってから、思うような生き方ができていないなと感じた時に、私はどうしても『生死』について学んでみたいと思ったんですね。

よく、人間は価値があるから生きるのではなく、生き抜くことに価値があると言われます。

でも、生き抜くことに価値があるならば、生き抜いた先のあの世で、何かいいことでもあるのかな・・。輪廻転生を繰り返して最後はどうなるんだろう・・と、なかなか腑に落ちる答えには行き着きません。

ちなみに、斎藤一人さんいわく、自ら命を絶った人は、本来の寿命だったその日までずーっと、暗くて寒くて臭い地獄と呼ばれるところで、じっとしていなければならないんだそうです。

そして、この世の学びから逃げるとどうなるのかをそこで学ぶんだとか・・・。

その後、再度この世へ生まれ変わる時は、前の人生を「学びの途中」で投げ出してしまったわけですから、前回と同じような問題と向き合う人生になるといわれています。

もし、この話が本当であるならば、自分だったら、現世と同じような人生をもう一度繰り返すなんて嫌だな・・って感じると思います。

やっぱり過去を振り返ると、苦しいと思うことが多かったですし、どうせ生まれ変わるなら違う学び・違う人生を味わってみたいですね。
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私自身、今年はコロナの影響もあったり、芸能人のそういうニュースを目にしたことで、「人生観」や「生死」について考えることが多くなりました。

ただ、それはネガティブな意味ではなく、宗教に興味があるわけでもなく、何も学ばずに命を粗末にするようなことはしてはいけない。とにかく最後まで生き抜くことが、人間として生かしてもらっている身として、最低限の使命だと感じたからです。

この宇宙がどんな仕組みで成り立っているのか、そして、なぜ今自分は生きているのか、こうしたことを知ることによって、途中で命を絶つことなく生きていけるのであれば、この学びは決して無駄にはならないでしょう。

そこで、生き抜くことに価値があり、現世を幸せに生きることを目的とした場合に、一番大切にしなければならないことは何なのか。

自分の中で出た答えは、シンプルではありますが、『幸せに焦点を当て続ける』ということです

この気付きは、ずっと頭では理解していたつもりでしたが、改めて、この考え方に価値を感じるようになりました。

なぜなら、当たり前のことではありますが、過去の嫌なことを思い出すと、今すぐ不機嫌になることができます。その代わり、未来のちょっとした楽しみを意識するだけで、今すぐ上機嫌になることもできるんですね。

このように、良いことと悪いことは、縄のごとく交互にやってくるので、その都度、心が上を向いたり下を向いたりしていると、結局、人間は不安や恐怖、心配事に気持ちが引っ張られてしまいます

なので、普段から、好きなこと・やりたいこと・安心すること・気が軽くなること、こういったことに焦点を当てて、なるべく、嫌なこと・面倒なこと・不安なこと・気が重くなることには焦点を当てないようにする。

本当にシンプルですが、日常でこのことを常に心がけることが、とても大切なことだと感じています。

斎藤一人さんも、「幸せに条件をつけてはいけないよ」「意思で幸せに気持ちを引っ張るんだよ」とおっしゃっているように、例え、宿命(定め)が決まっているとしても、日々、何に意識を向けるかは自分次第です。

つまり、この世の中で最も大切なことは、『いかに幸せなことに焦点を当てて毎日を過ごせるか』。これこそが人生の修行として、非常に重要なポイントとなるのではないでしょうか。
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もちろん、誰にだって生きていれば、嫌なことや苦しいこと、面倒なことなど、何かかしらの悩みは出てきます。

ただ、そのネガティブな感情に対して、「そのマイナスのせいで~」と解釈するか、「そのマイナスのおかげで~」と解釈するかで、幸福度は大きく変わってくるはず。

例えば、病気にかかって苦しい思いをした人は、同じ境遇にある人の気持ちを理解してあげる「優しい心」を持つことができますよね。

いつもビクビクオドオドして弱気な性格の人であれば、同じような性格の人に対して、どんな言葉をかけてあげたら少しでも気持ちが軽くなるのかを知っているので、随時、適切なアドバイスができるかもしれません。

また、信頼している人に投資をして、騙された経験がある人は、どんな人が信用できてどんな人が信用できないのか、人を見抜く眼力が養われ、リスク管理や金銭感覚が身につき、何よりお金の価値を学ぶことができます。

だから、どうしても受け入れられないような辛いことや苦しいことがあっても、「そのせいでこうなった」ではなく、「そのおかげでこうなった」という考え方を持つことが大事!!

このように、幸せに焦点を当てる解釈のプロになってしまえば、何も恐れることはありませんし、恐怖や心配事にとらわれることも徐々になくなってきます。

中には、「死ぬことが怖い・・」という悩みを抱える人もいますが、死んでも魂は生き続けるということを学び、あの世に戻ったら、現世だけじゃなく過去世の全ての記憶が戻るという仕組みを知っていたら、何も心配しなくていいんだな♪と安心することができるでしょう。

こういった形で、なぜ自分は今この世で生きているのか、そういった宇宙の仕組みを学ぶことによって、漠然とした不安が消えるのであれば、「目に見えないものは全て宗教だ」と切り捨てる必要はないのかもしれません。

自分に都合のいい部分だけを自分の人生に取り入れて、それが幸せな人生につながっていくのであれば、わざわざ不幸に焦点を当てなくてもいいのではないでしょうか。
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確かに、世の中には嫌な人がいて、冷たい人がいて、憎たらしい人もいますが、でも、そのおかげで優しい人や温かい人、魅力的な人がわかるわけですよね。

これは斎藤一人さんもおっしゃっているように、正負の法則やバランスの法則といって、プラスとマイナス、どちらか一方通行の現象というのは起きないんです

だから、悪いことをすればそれが悪因になって悪い現象が起きるけど、あなたが人に親切にするなどの「徳を積む行い」をすれば、それも消えることなく、いずれ必ずいい形で返ってきます。

『徳を積む』という言葉を聞いた時に、「自分には何もできない」「何の能力もない」「大した人間ではない」と、否定的な発言をする人もいますが、神様はそこまで難しいことは求めていません。

例えば、今まで小さな声でしかあいさつできなかった人は、少しだけ大きな声であいさつするとか、今までよりもちょっとだけ明るい服装にするとか、小銭を寄付するとか、身近な人を応援するとか、本を読んで役に立った話を人に教えるとか、そんな日常の些細なことで構わないんです。
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今回は、生死に関するお話をしてみましたが、このことを考えて心が暗くなる方は、一切そこに焦点を当てる必要はないと思います。

あくまで、あなた自身が『幸せを感じながら生きる』ことが一番ですから、そのために必要なものを自由に選択して、絞り込んで、楽しく行動に取り入れていくようにしましょう。

もし、幸せに焦点を当てようと心がけているにも関わらず、どうしても感覚的に苦しいと感じる時は、自分に対しても他人に対しても、厳しくしすぎている可能性があります

というのも、人生が苦しいと感じる時は、自分を愛していないか他人を愛していないか、この2つのどちらかなので、自分のことばかり考えるのもよくないですし、自分を犠牲にして他人のことばかり考えるのもよくないんですね。

『神は犠牲を嫌う』といって、自己犠牲のもとで人助けをすることは、正しいようで正しくない。だから、まずは自分自身を愛した上で、他人のことも愛さなければなりません。

斎藤一人さんいわく、人間には「愛」「恐れ」の2つしかないとのこと。要は、愛が出ている時に恐れはないし、恐れている時に愛は出てこないんだそうです。

なので、幸せに焦点が当たっている時は「愛」が存在し、不幸に焦点が当たっている時は「恐れ」が存在しているということがいえます。
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最後に、改めて、人間は価値があるから生きるのではなく、生き抜くことに価値がある。このことを絶対に忘れないようにしましょう。

あなたは「死んだら終わり」と思っているかもしれませんが、死んでも続きがあると知った以上、話は別だと思いませんか?

途中で人生をやめてしまっても魂は生き続けますし、あのスピリチュアルカウンセラーの江原啓之さんによると、自殺で亡くなった方は、一人残らず、死後に大きな後悔をしているんだそうです

また、あの世に逝くと、これまで生まれ変わった全ての記憶を振り返り、反省し、また学びの計画を立てて、再度生まれ変わることになるので、自殺によって一時的に学びから逃げることはできても、結局はまた学びの途中から来世を生きることになります。

つまり、次の人生では、前回自殺をした年齢に達するまで、ずーっと同じような道をたどるわけですから、ワクワクどころか、平凡な日々に退屈を感じながら、淡々とした毎日を生き抜いていかなければなりません。

だったら、どうせ乗り越えるしかないなら、現世の学びからは絶対に逃げない方がいいですよね。
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こうした宇宙の仕組みを学んでいると、自ら命を絶つことが、どれだけ自分にとって損なのか、もったいないことなのか、無駄なことなのかに気づくことができます。

極端な話、悩んで何も手がつかないほど苦しい状態になったとしても、寝そべってでもいいから、毎日何もできなくてもいいから、とにかく寿命が来るまで生き抜きましょう。

世の中には、無気力で何も行動しない人もいますが、その人は、無気力で何も行動しないとどうなるのかを学んでいるんですね。

だから、自分は毎日何もできていない・・。悔しい、情けない、もどかしい!!と思う人生だとしても、この世に存在している以上、何も学んでいない人など一人もいません。

ただただ生きているだけで立派ですし、あの世に戻ったらゆっくりできます。

じっくりと全ての過去世を振り返り、しばらく休憩し、また次の計画を練って、宿命(定め)を決め、また新たな肉体を持って生まれ変わることになるんです。

こういったことを心の支えとしながら、今ものすごく苦しい状況に置かれている人も、なんとか未来に『一寸の光』を見出しながら、今日一日を生き抜いていきましょう。

明日のことは明日考える。まずは今日一日、幸せに焦点を当てる。なんとかなる。大丈夫♪