『天国言葉と心』どちらを優先すべきか【斎藤一人】

みなさん、こんにちは!ツイてる坊主です。

本日は、斎藤一人さんの学びを参考に、『「天国言葉と心」どちらを優先すべきか』というテーマでお話したいと思います。

ひとりさんの教えは、「はじめに言葉ありき」といって、心が伴わなくてもいいから言葉を大切にしなさい!というもの。

ただ、それはあくまで、これまでずっと地獄言葉を吐き続けたり、不平不満の毎日を送っていた人に対する教えなので、心で思えるのであれば、心が伴っていた方が効果的です

私自身も、最初は「ありがとう」「ゆるします」を何の感情も入れずに、淡々と唱えていました。

人を許せない時は「人を許せない自分を許します」と言い、不安や心配の気持ちに対しては「そうだよね、わかるよ。まぁ、でも何とかなるよ、大丈夫!」と、どんな時でも言霊の力を大切にしてきたんですね。

これはもちろん、これからも続けていきますし、こうした言葉の価値が世の中にどんどん広まっていってほしいと思っています。
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では、なぜ天国言葉は心が伴わなくても唱えなければならないのか。

その理由は、単純に「心」というのはコロコロ変わるものだからです。心コロコロといって、心は上を向いたり下を向いたりします。

そんな中で、本当にひどく落ち込んでご飯も食べられないくらい苦しい時、自分を助けてくれるのが「言霊」なんですね

例えば、ツイてる!ツイてる!という言葉も、普段から口癖にしていなければ、いざという時に口に出すことができません。

でも、いつもの癖で「住む家があってありがたいな・・」「今日もご飯が美味しい・・」と、現状の悩みを抱えながらも、ボソッと明るい言霊が口から出るだけで、それが大きな救いになるんです

それは自分の脳が、自分が発した天国言葉を聞いているという理由だけでなく、目には見えない波動という部分においても、いい波動が出るので、苦しいなりに現状が少しでも好転しやすくなる。

もちろん、神的な視点でみても、神様が助けたいと思う人は「愛(優しさ)」「光(上機嫌)」を忍耐強く維持している人です。
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もしかしたら、人間の心が常に「不動」であれば、愛と光を維持するのはそこまで難しくないのかもしれません。

しかし、心がコロコロ変わるのが人間ですから、苦しい時に明るさを保てるかどうかの修行。これを神様からのテストとして、日頃から試されているのでしょう。

神様からの試験に合格する度、何かうれしいことがあったり、次のステップに進めたりするものです。

逆に、何度も同じ問題が目の前に現れる場合は、「問題の解決方法(考え方)」に何か間違いがあるというサイン

ひとりさんいわく、いい気分でワクワクしている時に出てきた知恵は、幸せや成功の道につながっているんだそうです。

一方で、眉間にシワを寄せて悩み抜いて出てきた知恵。これで答えを出すと、そのことでまた悩むことになるので、注意が必要とのこと。

これは私生活だけでなく、仕事においても同じことがいえるんですね

例えば、苦しみながら開発した商品には、その苦しみの波動が商品の中に入ってしまうので、他社と同じような商品だとしてもなぜか売れない。

斎藤一人さんの銀座まるかんでは、いつも愛と光でワクワクしているひとりさんが、「わずか数秒でひらめいたアイディア」をもとに開発されているので、なぜか大ヒットを連発するわけです。
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正直、この現象は理屈で説明するのが難しいことですし、目には見えない因果関係なので、本当に不思議な話が好きな人でないと、宗教か何かと勘違いされてしまいます。

ただ一つ言えることは、あなたも過去の人生を振り返った時に、「あの時は最高に幸せだったな!」「あの成功体験が今でも忘れられない♪」と感じる時代は、必ずといっていいほど「心がワクワク」していたはずです

こういうことを話すと、「え、今だってワクワクしていることはあるけど、何をやってもうまくいかない」という人もいますが、当時のワクワクと何か違いを感じませんか?

例えば、仕事だからやらなきゃいけない!!とか、好きではないけど得意だからがんばろう!とか、本心・本音の部分とは、だいぶかけ離れているのではないでしょうか

このように、人生がうまくいっていた時の感覚を取り戻すきっかけになるのも「言霊の力」ですので、ぜひ、天国言葉を口にしながら、初心を思い出してみてください。

『はじめに言葉ありき』で天国言葉を唱え始めると、徐々に心の在り方が改善され、素直な心で行動できるようになってきます。

幸せ