素直な心に従ってはいけない本当の理由【斎藤一人】

みなさん、こんにちは!ツイてる坊主です。

本日は、「素直な心に従ってはいけない本当の理由」というお話をしたいと思います。

世間でよく使われる「素直さを大切にしなさい」という教えには、2通りのパターンがあります。

1、素直な気持ちで、本当に自分が進みたい道を歩み、やりたいことをやる。

2、素直な心で、「喜怒哀楽の感情」をありのまま表に出す。

実は、1の素直さは〇、2の素直さは×なんです。

もちろん、2の素直さを個性として生かすことで、感受性が豊かな魅力溢れる人といわれることもあります。

ただ、基本的には、今日は上機嫌だけど、今日は不機嫌!。こういった気分屋の場合、周りの人に大きな迷惑をかけることになるんですね。
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斎藤一人さんもおっしゃっていますが、人間の心はコロコロ変わるもの。

たいてい、「怒り」や「悲しみ」の感情は一過性のもので、台風が過ぎ去れば元の状態に戻ります。

それを、いちいち悩んで、愚痴・泣き言・不平不満・文句・悪口などの『地獄言葉』を吐き散らしてはいけないんです。

こういった話をすると、「いやいや、私はありのままの自分で自然体でいたいんです!」と言いますが、あなたがよくても、周囲の人が気を使ったり、振り回されたり、何かとエネルギーを奪われることになるんですね。

ひとりさんいわく、自分の機嫌は自分でとらないとダメ!とのこと。

人に機嫌をとってもらっているようでは、まだまだ未熟な人なんです。

ただ、『ネガティブな感情』自体を否定しているわけではありませんよ

人間なので、誰だって日々、体調の良し悪しは変化しますし、気分や機嫌がいい時も悪い時もあります。

そんな時は、「自分を許します」「そうだよね、わかるよ」と、肯定するのが前向きな生き方です。

その代わり、ネガティブな感情を表に出すか、自分の中で処理するかは、あなた自身で決めることができるわけですから、なるべく、人に迷惑や心配をかけないようにしましょう
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中には、今、とても幸せな暮らしを送っているにも関わらず、昔の話となると、地獄言葉を使い始める人もいますが、「あなたの苦労話」を、明るい気持ちで聞きたい人がいるでしょうか。

また、明るく一生懸命がんばっている人に対して、不機嫌な態度をとり、相手の「心の灯」を簡単に消してしまう人

そうやって、人からエネルギーを奪いながら、自分を確立する生き方、そろそろやめませんか?

もし、あなたの話を「笑顔」で、優しく聞いてくれる人がいるとしても、実際、その人の心は明るくなっているわけではありません

本来であれば、明るい人が暗い人に合わせるのではなく、暗い人が明るい人に合わせる必要があるんですね。

そうしないと、世の中全体が暗い方向に進んでしまうことになります。

なので、その辺を少しだけ想像できるようになるだけでも、一歩前進!!
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例えば、新型コロナウイルスの感染に対しても、現実を直視して対応することも大事ですが、こういった暗い出来事に対して、ずーっと暗い心のままいてはいけない。

部屋が暗かったら電気をつけるのと同じように、どれだけ暗い出来事や暗い心に対しても、「灯かりをつける」ことをしなければなりません

過去を振り返ると、いろんな時代がありましたが、長期的な捉え方をすると、『大正→昭和→平成→令和』と、実は、世の中はよくなっているわけです。

そこに目を向けず、「これも不幸だ」「あれも不幸だ」「またこんな嫌なことが起きた」「日本の政治家はダメだ」など、そういった地獄言葉を吐くこと自体が間違っているんですね。

おそらく、99%の人は、新型コロナウイルスの問題が、「長期的にみれば人類のためである」という視点を持つことはできないでしょう

でも、東日本大震災の時もそうでしたが、こういった苦境に立たされた時しか、人間というのは「感謝」「思いやり」「助け合い」「優しさ」「愛」など、こういった概念を持つことができません。
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神様を宗教といってバカにする人は、人間が地球や自然、肉体、魂などを創ったと思っているのでしょうか?

人間の力では、たんぽぽの葉っぱ一枚ですら、全く同じものを再現することは不可能。

人智を超える存在の力がなければ、この宇宙は誕生していないんです

だからこそ、毎日、生かしてもらっている以上、人間に最も必要なことは、『何があっても、今を明るく幸せに生きる覚悟!』を持つこと。

その覚悟が決まっていないから、何かある度に、今、目の前にある「ありがたみ」よりも、未来の不安や恐怖に目を向けてしまうわけです。

今一度、日常の何気ない幸せを「紙」に書き記すなどして、その一つ一つに感謝の気持ちを持つようにしましょう。

幸せ

何があっても絶対に幸せになる愛の覚悟☆【斎藤一人】

こんばんは、ツイてる坊主です。

本日は、斎藤一人さんの「人の心と体を健康にするひとりさんの愛」というお話について、解説いたします。

一人さんの趣味はドライブですが、いつもドライブをしている時に、誰も知らないような野の花や、誰もが見落とすような小さな風景に目を向けているんだそうです。

だから、「有名な観光地だけが楽しい」というわけではなく、どんな物やどんな風景、どんな人にもそれだけが持つ魅力というものがあって、そういった魅力をひとりさんはいつも愛しています。

また、ひとりさんの夢は日本中の人の「心」「体」を健康にすること!!

幼少期の頃からずっと体が弱かったひとりさんは、毎日たくさんの本を読んで、心と体の勉強をしてきました。

体には『栄養』が必須ということで、銀座まるかんという会社で青汁酢などのサプリメントを開発。

そして、心には『考え方』が必要ということで、本を出版したり、講演会を開いたり、ついてる神社を作ったりするなど、こうした活動を続けてきました。

多くの人にとって「考え方」とは、「脳に知識」が入っている状態のことをいいますが、ひとりさんがおっしゃっている考え方とは、「心(ハート)に徳」といって、人の役に立つことや人が喜ぶことをする上での思考を指しています

だから、数多く出回っているビジネスや人生哲学のノウハウやテクニック論だけを学んでも、人に何かを与えようという気持ちのない人が、幸せをつかみ成功を手にすることは難しいのです。

徳を積むとは、人に何かを与えること。「人に何かを与える」の考え方としては、例えば、お世話になった人に恩返しをしよう、仕事では結果を出すより先に人を笑顔にしよう、周りの人といつも上機嫌で接するようにしよう。こういった思考のこと。

よく、ひとりさんがおっしゃっているのは、この世の中で一番のボランティアは「自分自身が明るく上機嫌で生きる」ということ。これって簡単なようで難しいことですよね。

例えば、あなたは、身近な人がみんな地獄言葉を言っている中、自分だけでも笑顔で明るい天国言葉を使うことができますか?地獄言葉を口にする集団から離れることができますか?

また、いつも不安や恐怖を抱えて悩んでいる人の機嫌をとってしまい、自分のエネルギーが奪われていると感じたり、心が暗くなったりしてしまうことはありませんか?また、人に自分の機嫌をとってもらっていませんか?

心に徳とは、まずは自分で自分の機嫌をとること。そして、いつでも自分の心に灯をともし、他人の心にも灯をともすことです

これを実践するためには、「何があっても絶対に幸せでいるんだ!」というブレない強い覚悟がなければ続けることはできません。

私が斎藤一人さんの話の中で、最も厳しい口調で、最も難しい内容だと感じたのが「覚悟の話」

決して、弱い覚悟ではダメです。強い覚悟を持った人だけが、その後の人生を優しく愛を持って生きることができます。

覚悟とは「自我の強さ」のことではなく、明るく生きて人に親切に生きること。そして、周りに嫌な人が現れたり、トラブルや悪い出来事があったりしても、地獄言葉を言わず「幸せに焦点をあて続ける」ということです

なぜなら、人の『言葉』と『思考』は本当に現実になるからです。これは、宇宙の原理を学び続けている人にしか理解してもらえないかもしれませんが、目には見えなくとも「因果の法則」や「正負の法則」は存在しています。

実際に、天国言葉を言い顔につやを出し明るい服装をし、心の針が上を向いた状態を保って仕事をしてきたひとりさんのお弟子さん達は、皆、億万長者となり幸せで豊かな人生を送っています。

その根底部分の土台となっているのが、「何があっても絶対に幸せになるんだ!」という強い覚悟なのです。

神様が創造した人間の力は無尽蔵である【斎藤一人】

こんばんは、ツイてる坊主です。

今日の動画音声は「因果の真実」というお話。

人間の手から出る光を「白光」と言い、その白い光による「手当て」によって、人間は、子供の病気でも何でも治してきました。

また、変な霊がついた時も、この白光で落とせるようになっているなど、神様が創造した人間の力というのは無尽蔵なものなんですね

だから、例えば、大きな声で「ハッ!」と声を出せば、その気合いで憑りついている霊を何十人も振り払うことだってできるのです。

しかも、この「気合い」を「気愛」として、人のために出してあげる愛に変えると、自分だけでなく、人のことを助けることも可能。

神様は無防備に人間をこの世に出したりはしません。あなたに100の因果があれば、それに対して、あなたは100の意思を持っています

では、具体的にどういう生き方をすれば、前世や現世の過去に作った因果を相殺することができるのか。その答えは、「明るく生きて人に親切にする」。シンプルにこれだけです。

そもそも、人は因果という言葉を聞くと、神様からの罰を受けるようなイメージが強いかもしれませんが、人間は、この世に「罰」を受けるために生まれてきたわけではありません。

あなたが人にしたことで相手が嫌な思いをしたら、今度は、あなたが人から同じことをされない限り、学びにはならない。だから、そのことを知るために生まれてくるのです。これが「因果の解消」というもの。

では、一体、どのような行いや考え方が因果になってしまうのでしょうか。

例えば、人をいじめたり不親切にしたりする行いは、もちろんのこと、他にも、暗い考え、心配事、愚痴、悪口、泣き言など、そういったものも因果になってしまいます。

こういったことから、「明るく生きて人に親切にする生き方」というのは、シンプルではありますが、なかなか簡単にはいかないもの。

その代わり、明るく生きて人に親切にした行いが、因果になることは絶対にないので、これを生まれてきた一番の目的として、常に意識することが大事。

もちろん、生きていれば気の合わない人もいますし、嫌がらせをしてくる人もいます。自分の思い通りにいかないことなんか山のようにあります。

だけど、そこで自暴自棄になったり人をいじめたりしてしまったら、ずーっと、何代にも渡って、生まれ変わる度に、同じような因果を刈り取り続けることになるのです

例えば、人に嫉妬をして憎めば、必ずあなたも、人から嫉妬されて憎まれる人生になります。

家庭の事情などでイライラして、そのストレスを職場に持ち込み、部下をいじめれば、あなたもいずれ、上司の勝手な都合によっていじめを受けることになります。

また、お金を散財して浪費ばかりしていると、その人にとっての学びは、お金に困る人生を送ることでお金の尊さを学ぶこととなるのです。

こういった「因果関係」を、信じる信じないは個人の自由ですが、なぜ、この世の中には幸せな人と不幸な人がいて、一人一人に与えられる試練が異なるのでしょうか。

もし、あなたが、少しでも因果の真実を受け入れたいと思うのであれば、この世で一番のボランティアである「愛と光」を日々実践すること

愛とは「優しさ」、光とは「上機嫌」のこと。これがこの世で一番のボランティアです。仮に、あなたに一つの才能もなかったとしても、愛と光は、日常生活で今すぐに実践することができます。