天の神様は自分にどんな答えを求めているのか【斎藤一人】

こんばんは、ツイてる坊主です。

本日は、斎藤一人さんの「天の神様は自分にどんな答えを求めているのか」というお話について、解説いたします。

人間には3通りの人がいます。まず、1つ目は自分の視点から物を見る人、2つ目は相手の立場になって物を考える人、そして、3つ目が「天の神様」をイメージして物事をとらえる人です

多くの人は最初の2パターンの見方で生活しているわけですが、3つ目の「天の神様の視点」とはどのようなものなのでしょうか。

これは宗教でも何でもなく、あなた自らが神様をイメージして第三の目を持つという考え方です。

つまり、天に神様がいるとして、その神様が、自分を成長させてくれようとしている時、起こったこと全てにありがたいと思えるようなとらえ方ができるということ

例えば、自分に何らかの問題が起きた時に、神様は私にこの問題を通じて、どんな気付きやメッセージをお知らせしようとしているんだろう。

そして、そのメッセージに対して、自分がどんな判断や答えを出したらいいんだろうかと、そういうとらえ方をすることができます。

一つの事例としては、斎藤一人さんの場合、以前、勝手に「斎藤一人」という名前を使って本を出版されたことがあったんだそうです。

その時に、訴えることもできるし怒ることもできる。だけど、神的な視点で考えた時に、出るべくして出たんだから、その人に「がんばれよ!!」と応援することもできるよな!と、そう解釈することにしたんだとか。

もちろん、本当に悪質なケースであれば、また違った判断をしていたのでしょうが、ともかく、こういう第三の目で神的に物事をとらえることもできるということです

だから、日常生活でも仕事でも、「自分と相手の意見のどっちが正しいか」の議論になってしまった時は、3つ目の視点を引き出して、相手が正しいことにして自分は楽しい一日にしよう!と、そういった判断ができるのではないでしょうか。

また、例えば、受験に失敗した時や仕事でリストラに遭遇した時、病気になってしまった時、何かトラブルが起きた時など、どんな時でもこの考え方を用いることが可能です。

なぜ、こういった考え方が必要かというと、どうしても人間は、今目の前の出来事だけを見て「最悪な状況だ」「ツイてないな」「何をやってもダメ」「自分には価値が無い」など、そういった狭い視野になってしまいがちなんですね。

でも、5年10年経ってから、当時のことを振り返ってみると、「あの学校に入ったからあの友達と出会えた」とか、「あの休養期間が大きな転機となるきっかけになった」といった形で、必ず神様はあなたを幸せの道に導いているものです。

逆に、第三の目を持たずに、自分と相手の2つの目だけで生きていると、何十年も前の過去を悔み、ずーっと感謝の気持ちを持つことができないかもしれません。

こういったことから、人生に無駄なことはありませんし、今は無駄だと思うことでも、目の前の努力と向き合い、例え、その努力が小さな小石を拾うような地道な作業であっても、いずれはダイヤモンドのように光り輝くこともあります

そうやって、天の神様役を自分で創造・イメージしながら、自分の中に浮かんできた客観的な視点での答えを、ぜひ、日々の生活に活用してみてください。

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