愛に飢えた人でも天に可愛がられている【斎藤一人】

こんばんは、ツイてる坊主です。

本日は、斎藤一人さんの「本当の意味で人が幸せになることを考えてますか?」というお話について、解説いたします。

まず、この世の中には、執着していいものと、執着してはいけないものがあります。

例えば、男女関係でどっちが正しいかを言い争うのは、してはいけない執着。仲が悪くなってきたら別れればいいだけの話で、あまりそういったことに執着をしてはいけません。

逆に、執着しなきゃいけないものというのは、相手が幸せになること、人を幸せにしたい!ということです

そういったことに執着した時、もしかしたら、別れて相手が幸せになるなら、別れた方がいいのかもしれません。

また、仕事に一生懸命執着することは必要なことですが、今までの古いやり方にはあまり執着しないこと。

仕事は人様の役に立つと儲かるようになっていますが、古いやり方のままでそれが続けられるとは限らないのです。

ところで、なぜ人は、変なことに執着してしまうのでしょうか。

恋人に別れ話を切り出した時に、相手が「どうしても自分のそばにいてほしい」と言う。実は、これは自分の意見に執着しているんですね

でも、人は誰でも天に可愛がられている存在なので、「誰かに愛されていたい」という自分の考えに固執しなくても、天の神様がすでにあなたを愛し、十分に可愛がっているのです

天の神様が、どれだけあなたを愛しているか知っていますか?

あなたは今息をしていますが、何も努力をしていませんよね。また、お腹が空くと、今お腹が空いてることがなぜかわかります。

そして、何か食べた物は、勝手に吸収されて排出されますよね。その仕組みに対して、あなたは何も努力をしていません。

さらに、暑ければ汗をかき、寒くなれば寒いとわかります。寒いのがわからないまま死んじゃった!というのは雪山でもない限り、あり得ないこと。

こういったことから、人は愛に飢える必要などありませんし、古い固定概念に固執しなくてもやっていけるんです

それよりも、あなたが愛さなければならないのは、「周りの人」のことです。周りの人に愛情を持って、愛してあげることが大事

「人を愛する=本当に相手のためになる」という意味です。

だから、例えば、斎藤一人さんと同じようなことを話す人はいますが、自分の利益のために話している人の話を聞いても、楽しくありませんよね。

もったいつけて話すとか、難しい言葉を使って話すとか、会話を通じて自分をえらく見せようとしている人が愛しているのは「自分」なんです。

ひとりさんのように、本当に聞いてくれる人のことを思って、一生懸命しゃべってる人が愛しているのは「相手」です。

中には、「人様の役に立つことをしたって一銭の得にもならない」という人もいますが、そういう考え方だから一銭も持ってないのです。

そういった人は、仮に1万円をもらっても、たいした話はできません

うちの会社は古い会社だからとか、俺はもう年寄りだからと、言い訳ばかりする人もいますが、人間は常に成長を続ける動物。

1000年も経ってるような縄文杉だって、去年と同じ葉っぱがついてるわけではないんです

「周りの人のことを考える」というのは、例えば、オシャレだって、自分のことだけを考えている人と、人が不愉快にならないように、人が明るい気持ちになることを考えている人とで違います。

万物の霊長(人間)らしく前向きな言葉を使って、周りに向かって愛情を出しながら生きていくようにしましょう。それが天から可愛がられてる自分たちにできることです。

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