縁があって出会う人は自分を映す鏡である【斎藤一人】

こんばんは、ツイてる坊主です。

今日の動画音声は「人との縁」に関するお話。

この世の中は、自分が出したものが自分に返ってきます。

人と接する時に憎しみの心があると、その波動はなぜか相手に伝わり、いずれ自分自身も人から憎まれるようになる。

逆に、人に会ったらいつも笑顔で、優しさの心を持っていると、相手はその優しさを感じ取り喜んでもらえますし、必ず、自分も人から笑顔で接してもらえるようになります

だから、「自分はいつもいい縁に恵まれない」と感じるのであれば、もしかしたら、普段から人間関係が面倒と思っていたり、形だけの付き合いしかしていないのかもしれません。

また、中には「ようやく素敵な人との出会いがあった!」と喜んだのもつかの間、「自分を守ってくれてありがとう!」と、受け身の姿勢でいるうちに、相手の気持ちがどんどん離れていくことがあります。

なぜ、このような現象が起きるかというと、この世は『バランスの法則』といって、一方的に守ってもらうだけでは、目には見えずとも、徐々にバランスが崩れてしまうからです

つまり、「いつも私のことを守ってくれてありがとう」で終わらず、「私もあなたのことを守るからね」という意識がなければ、必ずといっていいほど長続きしないんですね。

これは恋愛や結婚生活に限った話ではなく、何事も片方にだけいい話というのは存在しません。

斎藤一人さんの場合、神社に行く時は「感謝の気持ち」を伝え、講演では「人に役立つ話」を全力でしています。

でも、ほとんどの人は、神社に行けば「願い事」をし、「人から役に立つ話を聞きたい」と思うのではないでしょうか

もちろん、それがいけないと言うわけではありませんが、バランスの法則を考えた時に、あなたは毎日の生活の中で、「人に何かを与える」という奉仕の気持ちを持つ時間帯が、どのくらいあるでしょうか?

もっと給料が欲しい、もっと貯金が欲しい、もっとあの人にこう動いてもらいたい、もっと美味しいものを食べたい、もっと引き締まった体になりたい。。。これらは全て「得る」ことですよね。

確かに、得たい気持ちが先行してしまう気持ちもわかりますが、「得る前に与える」ことを考えなければ、理想を現実にすることは難しくなります

このバランスの話は、宇宙の法則の一つになりますが、信じる信じないは個人の自由。

ただ、世の中を見渡し、物事がうまくいっている人を見ればわかるように、「何かを得てやろう!」という人よりも「何かを与えてあげたい!」という人の方が、なぜかうまくいっているのは間違いありません。

我慢の先に待っているのは恨みだけ・・・【斎藤一人】

こんばんは、ツイてる坊主です。

今日の動画音声は「引きこもりの前兆」というお話。

世の中の社会問題の一つとして、引きこもりというものがありますよね。

これは、うつ病などの症状が出て、家から出られなくなってしまう状態のことです。

こうした問題の背景には、実は、日本の教育に「我慢するのが美徳である」という間違った固定概念が潜んでいます。

例えば、自分の子供が学校でいじめに遭っていたとしても、「何とか学校に行かせなければ!」とか「将来のためにももっと強く育ってほしい!」とか、そういった考え方が先行してしまうんですね。

もちろん、家庭の事情はそれぞれ異なるでしょうし、教育方針も自由で構いませんが、勉強でも人間関係でも、我慢の先に待っているのは「恨み」だけ。信じる信じないは個人の自由ですよ。

ただ、斎藤一人さんの教えとしては、幸せの道に苦労はない。苦労するということ自体、その道が間違ってるよ!というサイン

そこで、子供が学校に行きたがらない時の対処法ですが、まずは、この世の中には「逃げる」という選択肢もあるんだよ!ということを教えてあげること。

要は、今のこの環境、この苦しみには逃げ道がない!という状況から、まずは一度、解放してあげる必要があるんですね

しかし、実際、こういった言葉を聞くと、「逃げるなんてとんでもない!甘やかしてどうする!」と、鬼の形相で反発する方もいるでしょう。

これは世代の違いも関係していると思いますが、戦後の日本は、今とは違って「我慢して耐えた先に幸せが待っている」という考え方が根付いていました。

なので、「逃げる」=「甘え」になっていましたが、今の時代は、ネット上で通信制の学校もありますし、複数の選択肢を提示してあげて、ちゃんと子供の考えを尊重してあげることができます。

その上で、「あなたが決めた道なのだから、ちゃんと責任を持ちなさいよ!」と、覚悟を持ってその道に進む子供を応援してあげるようにしましょう。

また、すでに「引きこもり」の状態になって、家から出られなくなった子に対しては、一度、本気で謝ってください。まずは、謝るだけで、他の言葉は必要ありません

「親が子供に謝る?バカバカしい(笑)」と、きっとほとんどの方はそう思いますよね?

でも、そういう子供を見下したような考え方が、そもそもの発端だったのではありませんか?

人は何度も何度も生まれ変わります。大人でも未熟な魂の人もいますし、子供でも成熟した魂の人もいて、そこに本当は上下関係など存在しません。

子供にとって一番の屈辱は、自分の心の声に聞く耳を持ってもらえず、親や先生や大人達の話し合いで、最終的な結論だけを迫られることです

つまり、謝るというのは、この屈辱、この「傷」を負わせてしまったことを謝るということ。

本当に子供に対して愛情があるというなら、「逃げてもいいという教え、複数選択肢の提示、子供に本気で謝る」、この3つのどれかを実践するようにしましょう。

学歴が中卒で悩むあなたへ【斎藤一人】

こんばんは、ツイてる坊主です。

今日の音声は「母の優しさ」について。

これは斎藤一人さんが、母の日に、自分の母親に関して講演でお話された内容です。

ひとりさんは学校が嫌いで、中学校もほとんど行っていなかったんですね。

ただ、卒業を迎えた時に、母が「学校に向かないなら、社会向きだよ♪」と明るく励ましてくれたんだそうです。

お父さんが働いた所はあまり見たことがなかったようですが、お母さんは商人で働き者。

そんな中で、「母は目が合うとお金をくれていた」ということなので、仕事が忙しい中、それが一つの愛情表現であり、それなりにお金の面で裕福な家庭だったということですね。

ただ、じゃあひとりさんは、なぜいろんな知識が豊富なのか?というと、学校には行ってなかったけど「本」を読むのが好きで、よく読書をしていました。

それで、母から「学問は知らない人に教えるために、本を読むんだよ」と教わったんだそうです。

その時に母が、「学問は人をバカにするためにするんじゃないよ!誰かの役に立つように勉強しな?」って言ってくれたんだとか。

このように、ひとりさんは「運」や「奇跡」など精神的な話が多いと感じる方もいると思いますが、現実的な行動もちゃんとしてきているんです

それは、本を読むことが好きで読書をしたり、もちろん健康食品を扱う事業をしているわけですから、そういった分野の勉強もしっかりやってきたのだと思います。

だから、宇宙の真理を学ぶことも大事ですし、現実的な努力も大切にしないといけません

どちらも大事なものなので、バランスをとらないといけないんですね。

ただ、学校の勉強だけが全てではない!ということは、ひとりさんの経験からもわかると思います。

もちろん、高校も大学も行くのは自由ですが、例えば、「自分は英語が苦手だからダメな人間だ!」とか、そういうことは絶対にないので、あまり不得意なことで悩むことはしないようにしましょう

そもそも、人間は生まれる前に、どういう仕事に就いて、どんな人生を送るのか、プログラムを決めてきているので、必要のないものは学んでも身につかないようになっています。

逆に、なぜか夢中になってしまうほど「楽しい」と感じる分野で、花は開くものなので、学校の勉強で成績が悪かったからといって将来を悲観視する必要はありません。

学歴はあったらあったで生かせばいいことですし、斎藤一人さんのように、学歴では勝負できなくても「商人」としてなら自分の素材を存分に生かせるケースもあるので、ぜひ、今回のお話を何度も聞いて参考にしてみてください。