寿命が来るまで生き抜くことに意味がある【斎藤一人】

本日は、「寿命が来るまで生き抜くことに意味がある」というお話をしたいと思います。

今年は、芸能人の暗いニュースやコロナの影響もあり、自分自身の人生とじっくり向き合う時間が増えたと感じる方も多いのではないでしょうか。

今、自分はなぜ生きているのか、がんばって生き抜いたところで、一体何が待っているというのか。

おそらく、誰もが一度は思い浮かべる疑問だと思いますが、最終的には、そんな答えの出ない漠然とした疑問は持たず、ただただ楽しく幸せな人生を追い求めた方がいい!という結論に達することになります。

きっとそれが正解ですし、考えても仕方のないことは、とっとと忘れた方が、精神的にも健全な状態でいられる人がほとんどでしょう。

ただ、どうしても生死について考えずにはいられない場合は、もしかしたら、ちゃんと向き合って学ぶことが、あなたにとっては、幸せな人生を送るために必要なことなのかもしれません。

もちろん、人それぞれ魂のレベルは異なるので、今、何を学ぶ段階なのかは、その人にしかわからないことですが、個人的には、誰がどんな価値観を持っていようが、今を幸せに生きることが一番だと思っています。
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私は普段、斎藤一人さんを師匠としていますが、その教えに従うことが目的ではなく、この人生で「幸せを感じながら生きる」ことを目的にしているんですね

また、一人さん以外で成功者の方のお話を聞くにしても、自分の人生には当てはまらないなと感じたら、無理に取り入れることはしません。

なぜなら、先人の成功者と同じ成功ができたとしても、『その人と同じ幸福感を得られる』とは限らないからです。

なので、「押してダメなら引く」という言葉があるように、自分自身が幸せな感覚で生きられて、物事がスムーズにいく時はそのままでOK。不幸な感覚で、物事がスムーズにいかない時は「考え方」を改善するようにしています。

そんな中、今年に入ってから、思うような生き方ができていないなと感じた時に、私はどうしても『生死』について学んでみたいと思ったんですね。

よく、人間は価値があるから生きるのではなく、生き抜くことに価値があると言われます。

でも、生き抜くことに価値があるならば、生き抜いた先のあの世で、何かいいことでもあるのかな・・。輪廻転生を繰り返して最後はどうなるんだろう・・と、なかなか腑に落ちる答えには行き着きません。

ちなみに、斎藤一人さんいわく、自ら命を絶った人は、本来の寿命だったその日までずーっと、暗くて寒くて臭い地獄と呼ばれるところで、じっとしていなければならないんだそうです。

そして、この世の学びから逃げるとどうなるのかをそこで学ぶんだとか・・・。

その後、再度この世へ生まれ変わる時は、前の人生を「学びの途中」で投げ出してしまったわけですから、前回と同じような問題と向き合う人生になるといわれています。

もし、この話が本当であるならば、自分だったら、現世と同じような人生をもう一度繰り返すなんて嫌だな・・って感じると思います。

やっぱり過去を振り返ると、苦しいと思うことが多かったですし、どうせ生まれ変わるなら違う学び・違う人生を味わってみたいですね。
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私自身、今年はコロナの影響もあったり、芸能人のそういうニュースを目にしたことで、「人生観」や「生死」について考えることが多くなりました。

ただ、それはネガティブな意味ではなく、宗教に興味があるわけでもなく、何も学ばずに命を粗末にするようなことはしてはいけない。とにかく最後まで生き抜くことが、人間として生かしてもらっている身として、最低限の使命だと感じたからです。

この宇宙がどんな仕組みで成り立っているのか、そして、なぜ今自分は生きているのか、こうしたことを知ることによって、途中で命を絶つことなく生きていけるのであれば、この学びは決して無駄にはならないでしょう。

そこで、生き抜くことに価値があり、現世を幸せに生きることを目的とした場合に、一番大切にしなければならないことは何なのか。

自分の中で出た答えは、シンプルではありますが、『幸せに焦点を当て続ける』ということです

この気付きは、ずっと頭では理解していたつもりでしたが、改めて、この考え方に価値を感じるようになりました。

なぜなら、当たり前のことではありますが、過去の嫌なことを思い出すと、今すぐ不機嫌になることができます。その代わり、未来のちょっとした楽しみを意識するだけで、今すぐ上機嫌になることもできるんですね。

このように、良いことと悪いことは、縄のごとく交互にやってくるので、その都度、心が上を向いたり下を向いたりしていると、結局、人間は不安や恐怖、心配事に気持ちが引っ張られてしまいます

なので、普段から、好きなこと・やりたいこと・安心すること・気が軽くなること、こういったことに焦点を当てて、なるべく、嫌なこと・面倒なこと・不安なこと・気が重くなることには焦点を当てないようにする。

本当にシンプルですが、日常でこのことを常に心がけることが、とても大切なことだと感じています。

斎藤一人さんも、「幸せに条件をつけてはいけないよ」「意思で幸せに気持ちを引っ張るんだよ」とおっしゃっているように、例え、宿命(定め)が決まっているとしても、日々、何に意識を向けるかは自分次第です。

つまり、この世の中で最も大切なことは、『いかに幸せなことに焦点を当てて毎日を過ごせるか』。これこそが人生の修行として、非常に重要なポイントとなるのではないでしょうか。
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もちろん、誰にだって生きていれば、嫌なことや苦しいこと、面倒なことなど、何かかしらの悩みは出てきます。

ただ、そのネガティブな感情に対して、「そのマイナスのせいで~」と解釈するか、「そのマイナスのおかげで~」と解釈するかで、幸福度は大きく変わってくるはず。

例えば、病気にかかって苦しい思いをした人は、同じ境遇にある人の気持ちを理解してあげる「優しい心」を持つことができますよね。

いつもビクビクオドオドして弱気な性格の人であれば、同じような性格の人に対して、どんな言葉をかけてあげたら少しでも気持ちが軽くなるのかを知っているので、随時、適切なアドバイスができるかもしれません。

また、信頼している人に投資をして、騙された経験がある人は、どんな人が信用できてどんな人が信用できないのか、人を見抜く眼力が養われ、リスク管理や金銭感覚が身につき、何よりお金の価値を学ぶことができます。

だから、どうしても受け入れられないような辛いことや苦しいことがあっても、「そのせいでこうなった」ではなく、「そのおかげでこうなった」という考え方を持つことが大事!!

このように、幸せに焦点を当てる解釈のプロになってしまえば、何も恐れることはありませんし、恐怖や心配事にとらわれることも徐々になくなってきます。

中には、「死ぬことが怖い・・」という悩みを抱える人もいますが、死んでも魂は生き続けるということを学び、あの世に戻ったら、現世だけじゃなく過去世の全ての記憶が戻るという仕組みを知っていたら、何も心配しなくていいんだな♪と安心することができるでしょう。

こういった形で、なぜ自分は今この世で生きているのか、そういった宇宙の仕組みを学ぶことによって、漠然とした不安が消えるのであれば、「目に見えないものは全て宗教だ」と切り捨てる必要はないのかもしれません。

自分に都合のいい部分だけを自分の人生に取り入れて、それが幸せな人生につながっていくのであれば、わざわざ不幸に焦点を当てなくてもいいのではないでしょうか。
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確かに、世の中には嫌な人がいて、冷たい人がいて、憎たらしい人もいますが、でも、そのおかげで優しい人や温かい人、魅力的な人がわかるわけですよね。

これは斎藤一人さんもおっしゃっているように、正負の法則やバランスの法則といって、プラスとマイナス、どちらか一方通行の現象というのは起きないんです

だから、悪いことをすればそれが悪因になって悪い現象が起きるけど、あなたが人に親切にするなどの「徳を積む行い」をすれば、それも消えることなく、いずれ必ずいい形で返ってきます。

『徳を積む』という言葉を聞いた時に、「自分には何もできない」「何の能力もない」「大した人間ではない」と、否定的な発言をする人もいますが、神様はそこまで難しいことは求めていません。

例えば、今まで小さな声でしかあいさつできなかった人は、少しだけ大きな声であいさつするとか、今までよりもちょっとだけ明るい服装にするとか、小銭を寄付するとか、身近な人を応援するとか、本を読んで役に立った話を人に教えるとか、そんな日常の些細なことで構わないんです。
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今回は、生死に関するお話をしてみましたが、このことを考えて心が暗くなる方は、一切そこに焦点を当てる必要はないと思います。

あくまで、あなた自身が『幸せを感じながら生きる』ことが一番ですから、そのために必要なものを自由に選択して、絞り込んで、楽しく行動に取り入れていくようにしましょう。

もし、幸せに焦点を当てようと心がけているにも関わらず、どうしても感覚的に苦しいと感じる時は、自分に対しても他人に対しても、厳しくしすぎている可能性があります

というのも、人生が苦しいと感じる時は、自分を愛していないか他人を愛していないか、この2つのどちらかなので、自分のことばかり考えるのもよくないですし、自分を犠牲にして他人のことばかり考えるのもよくないんですね。

『神は犠牲を嫌う』といって、自己犠牲のもとで人助けをすることは、正しいようで正しくない。だから、まずは自分自身を愛した上で、他人のことも愛さなければなりません。

斎藤一人さんいわく、人間には「愛」「恐れ」の2つしかないとのこと。要は、愛が出ている時に恐れはないし、恐れている時に愛は出てこないんだそうです。

なので、幸せに焦点が当たっている時は「愛」が存在し、不幸に焦点が当たっている時は「恐れ」が存在しているということがいえます。
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最後に、改めて、人間は価値があるから生きるのではなく、生き抜くことに価値がある。このことを絶対に忘れないようにしましょう。

あなたは「死んだら終わり」と思っているかもしれませんが、死んでも続きがあると知った以上、話は別だと思いませんか?

途中で人生をやめてしまっても魂は生き続けますし、あのスピリチュアルカウンセラーの江原啓之さんによると、自殺で亡くなった方は、一人残らず、死後に大きな後悔をしているんだそうです

また、あの世に逝くと、これまで生まれ変わった全ての記憶を振り返り、反省し、また学びの計画を立てて、再度生まれ変わることになるので、自殺によって一時的に学びから逃げることはできても、結局はまた学びの途中から来世を生きることになります。

つまり、次の人生では、前回自殺をした年齢に達するまで、ずーっと同じような道をたどるわけですから、ワクワクどころか、平凡な日々に退屈を感じながら、淡々とした毎日を生き抜いていかなければなりません。

だったら、どうせ乗り越えるしかないなら、現世の学びからは絶対に逃げない方がいいですよね。
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こうした宇宙の仕組みを学んでいると、自ら命を絶つことが、どれだけ自分にとって損なのか、もったいないことなのか、無駄なことなのかに気づくことができます。

極端な話、悩んで何も手がつかないほど苦しい状態になったとしても、寝そべってでもいいから、毎日何もできなくてもいいから、とにかく寿命が来るまで生き抜きましょう。

世の中には、無気力で何も行動しない人もいますが、その人は、無気力で何も行動しないとどうなるのかを学んでいるんですね。

だから、自分は毎日何もできていない・・。悔しい、情けない、もどかしい!!と思う人生だとしても、この世に存在している以上、何も学んでいない人など一人もいません。

ただただ生きているだけで立派ですし、あの世に戻ったらゆっくりできます。

じっくりと全ての過去世を振り返り、しばらく休憩し、また次の計画を練って、宿命(定め)を決め、また新たな肉体を持って生まれ変わることになるんです。

こういったことを心の支えとしながら、今ものすごく苦しい状況に置かれている人も、なんとか未来に『一寸の光』を見出しながら、今日一日を生き抜いていきましょう。

明日のことは明日考える。まずは今日一日、幸せに焦点を当てる。なんとかなる。大丈夫♪