自分をイライラさせる人は存在しない【小林正観】

こんばんは、ツイてる坊主です。

本日は、斎藤一人さんが尊敬している、小林正観さんの「自分をイライラさせる人に対する解釈法」というお話をしていきたいと思います。

あなたの身の回りには、あなたをイライラさせる人が何人いますか?

また、そういった人が目の前に現れた時、あなたはその人に対して、どのような解釈をしているでしょうか。

小林正観さんは、『自分がイライラしなければ、イライラさせる人は生まれない』と、そうおっしゃっています。

この言葉だけを聞くと、すでに今ここに「イライラさせる人がいる!」と言っているのに、「イライラさせる人はいない!!ってどういうこと?」って思いますよね。

おそらく、これだけでは多くの方が納得できないまま、この話が終わってしまうでしょう。

ところが、あなたがこれから「解釈の仕方」を一つ変えるだけで、不思議なことにその意味が理解できるようになります

例えば、通りすがりに知人があなたに対して、ボソッと悪口を言ってきたとします。

しかし、あなたはその言葉に対して「全く何も感じなかった」としますよね。

では、その人はあなたをイライラさせる人でしょうか?答えはNoです。

つまり、あなたがその人に対して「イライラしてしまった瞬間」から、その人が自分をイライラさせる存在として出現することになるということ

ということは、小林正観さんがおっしゃっている「自分がイライラしなければ、イライラさせる人は生まれない」という言葉の意味は、あなた自身の『思い方』に焦点をあてなさい!ということなんですね。

この事実に関しては、誰一人として否定することはできないでしょう。

実際、あなたの思い方次第で、イライラすることもできれば、イライラしないこともできるわけですから。

要は、もともとこの世の中には、自分をイライラさせる人がいるわけではなく、あなたの思い方によってイライラさせる人が誕生するということになります

もちろん、この事実に対して、全く納得できない方もいるかもしれません。

おそらく、そういった方の理屈としては、世の中には性格の悪い人がいて、社会人としてのマナーも悪く、犯罪を犯すような人もいる。そこにイライラするのは当然だろ!というものだと思います。

しかし、身近に性格の悪い人がいても上機嫌で生きられる人もいますし、社会人として常識のない人に対しても感情的にならない人もいます。

また、犯罪を犯すような人に対しても、結局は法の下で裁いてもらうしかない!ということで、冷静に客観視できる人も多くいると思います。

こういったことから、ネガティブな話に、敏感に反応してイライラしてしまうのは、他人に問題があるわけではなく、「自分自身の思い方に問題がある」という解釈をしなければなりません。

私の場合は、「嫌な人」「嫌な出来事」「苦しいこと」「辛いこと」「悔しいこと」があったとしても、それらに対して、「別に何も思わない!平気!平気!なんとかなる♪」と、そう強く意識するようにしています

おそらく、ほとんどの人は、何かある度に、「向き合わなきゃいけない!考えなきゃいけない!悩み抜いて解決しなきゃいけない!人に愚痴を言ってわかってもらいたい!」と、そういった思い方をするのではないでしょうか。

ところが、その「あなたの心」が、次々とネガティブな現象を出現させることになっているのです

また、ネガティブなことをポジティブに解釈するだけでなく、普段からポジティブなことに「焦点」をあてるように意識することも大事。

例えば、テレビで報道番組を見て、「日本の未来も自分の人生も暗いな」と思うこともできますし、バラエティ番組を見て、「この人面白いな♪人生って楽しいな☆」と思うこともできますよね。

つまり、あなたが幸せに生きられるかどうかは、あなた自身が、幸せの道に舵を切るか、不幸の道に舵を切るか、たったそれだけの違いによって決まるということ。

幸せの道に進んでいる時は、心が向かっただけでワクワクするものです。

不幸の道に進んでいる時は、どれだけ正しさを主張しても、心がモヤモヤして苦しくなります。

結局のところ、「他人を変えて自分が幸せになる」という生き方には、あまりにも無理があるのです。

変えることができるのは自分自身だけ。シンプルに、自分が変わってしまった方が「楽」ですし、「得」になることが多いです。

あなたが、今までずっと、他人を変える努力をしてきたのであれば、これからは、自分の思い方を変える努力に目を向けるようにしていきましょう。