反スピリチュアル主義者の言い分【斎藤一人】

本日は、斎藤一人さんの教えをもとに、「スピリチュアル否定派でも幸せに生きる方法」というお話をしたいと思います。

まず、スピリチュアルという言葉を聞いた時に、目には見えない宇宙の真理を学んで、もっと成長したい!もっと幸せになりたい!と思う人もいれば、そんなの意味がないし自分には必要ない!!と、一貫して否定する人もいます。

これに関しては、どちらがいい悪いということはありません。決して、スピリチュアル肯定派が幸せで、否定派が不幸とは限らないので、その辺は個人の自由です。

なぜなら、スピリチュアルを全く知らない人や一切信じていない人であっても、明るく幸せに生きている人はたくさんいるからです。

一方で、目には見えない真理を一生懸命勉強しているけど、行動することを恐れて逃げてしまい、知識はあるのに現状が苦しいと感じている人もたくさんいます

ただ、知識があってもなくても、どちらにしろ潜在意識の中では常に「魂の成長」を望んでいますし、その全貌を潜在的にはちゃんと理解しているんです。

なので、「宇宙の法則」や「引き寄せの法則」に興味を示さない人にまで、幸せになってもらうためにも何とか伝えなきゃ!教えなきゃ!と、押し付ける必要はありません。

ひとりさんの教えにも、「どっちが正しいかではなく、どっちが楽しいかで物事を判断するんだよ♪」という教えがありますよね。だから、どちらか楽しい方を選べばそれが正解。

要は、その人にとって学ぶべき時が来れば、ベストなタイミングで学ぶことになるということ。
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人によっては頭で理解しなければ行動に移せない人もいますし、様々な失敗や後悔の経験を経て、それをきっかけにスピリチュアルを学び始めるという人もいます。

ちなみに、私の場合は、あまり悩んだり苦しんだりせずに、のほほんと明るく幸せに生きたいと思っていましたが、どうしても目には見えない「心の在り方」や「考え方の改善」に目を向けて、向き合わなければならない人生だったと感じています。

でも、この人生が不幸だとは全く思っていませんし、ハンデや不利なことがたくさんあったからこそ、改善の余地もたくさんあって、伸びしろのあるおもしろい人生を送れているわけです。

過去を振り返ると、『何をやってもうまくいかない人生だな・・』と感じることは多々ありましたが、見方を変えれば、これから「何をやってもうまくいく人生」も経験することができるはず。

これは『正負の法則』と言って、人生全般を通じて、プラスとマイナスのバランスはとれているものなので、マイナスだけで終わるということは、絶対にないと思っています。

それに、もしかしたら自分では気づいていないだけで、あらゆる場面で、すでにそのバランスが保たれながら、これまで生きてこれたのかもしれませんしね。

人間って嫌なことがあると、その時はどうしても不幸を感じてしまうものですが、後から振り返った時に「あの出来事があったから今の自分がある」と、時間差で感謝の気持ちが芽生えることもあります

あの斎藤一人さんも、学校の勉強が苦手で体も弱かったそうですが、だからこそ、たくさん本を読み、自分で青汁酢を作り、それを惜しみなく人に与え、その先で「商人のプロ」として、その道を極めることに成功しました。

まるで、最初からその筋書きが決まっていたかのように、幸せの道につながっていたわけです。
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私の場合は、そういった正負の法則を学んだ後も、受け入れられるようになるまでだいぶ時間がかかりました。

子どもの頃からずーっと無気力で、なぜか家族が苦手で、学校にも馴染めず、社会でも通用しない。え?そんなことあるの?って客観的に自分でもそう思うくらい、何をやってもダメだったんです。

ビクビクオドオドした性格、決して好かれない外見、何一つ発揮できない実力、さらに健康面でのハンデなど、これだけ悪いところがあるなら、絶対に神様は何か一つでも、自分が幸せに生きられる要素を創ってくれているはず。

そんな気持ちで、神様とよくバトルをしていました(笑)バトルというか、「なんでですか?どうしたらいいですか?この自分で幸せに生きられるとしたらどんな方法があるんですか?」と、そういう訴えを何度もしていました(笑)

今思うことは、きっと自分は『運がいい』からここまでやってこれたんだと、そう解釈するようにしています。

世の中には、実力があっても運に見放されて、なかなかうまくいかない人生を送る人もいるわけですから、自分はこの人生の中で、きっとプラスとマイナスの正負バランスが、『運』というツキによって保たれているのだと思います

だから、前世の因果とか親の子育てとか、不幸の要因に目を向けたらきりがありませんが、結局、最後の最後は、いかに自分にとって都合のいい解釈ができるか。その解釈の仕方次第です。

そこに気づくまでは、神様はなんでこんな試練を与えるんだろう。何も悪いことはしていないのに、いい行いをしてきたのに、なぜこれまでの努力が結果に表れないんだろう。そんな気持ちになってしまいますよね。

ただ、人間はうまくいっている時に学べることもあれば、うまくいっていない時にしか学べないこともあります。

孤独を感じる経験がなければ、寂しがっている人の心を理解できませんし、本当にお金に困る経験をしなければ、必要以上の浪費や投資癖が治らないのかもしれません。

なので、おそらく私の人生でハンデや不利なことが多いと感じるのも、きっと、それ相応の幸せ要素を持っているからなのでしょう

もちろん、この考え方が正しいかどうか正解はわかりませんが、その解釈で幸せに生きていけるのであれば、間違いなく正解なのだと思います。
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では、逆に、目には見えない概念を否定したり、批判したり、全く受け入れられないという人。

また、ちょっと興味はあるけど、宗教みたいで何だか気持ちが悪い!といった視点を持っている人は、どんな感覚でスピリチュアルのことをとらえているのでしょうか。

もしかしたら、宇宙の法則に関する情報発信をしている人が、少し難しい専門用語や空想に近いイメージの中での話をしていて、それに対して「怪しい」とか「気味が悪い」といった印象を持たれているのかもしれません。

もちろん、その謎めいたところが神秘的で面白い♪と感じる人も多いわけですが、中には理論立てて考えることができない非現実的な空理空論として、ばっさり切り捨てる人もいますよね。

それに関しては、私自身も普段からスピリチュアル関連の動画を拝見していますが、確かに、たまに聞いたことがない言葉や世界観を耳にすると、ちょっと複雑で難しい話なのかなと感じることはあります。

とはいえ、そういった部類の情報発信をしている人の中でも、本当にいろんなタイプの人がいるので、ちゃんと例え話を挟みながら、現実に役立つような内容に落とし込んで、わかりやすく伝えてくださっている方もいますよ。

私は、よく、現実主義スピリチュアルカウンセラーのKIKOさんという方のお話を聞くことがありますが、とてもわかりやすくお話してくださっているのでおススメです。

きっと、この地球に生まれてきた以上は、そういった『現実に寄り添った形』でお伝えしてくださる方のお話を参考にしながら、実際の行動に移すことが大切なのでしょう。

現世で最も大切なことは、自分で行動して経験すること。そして、喜怒哀楽などのあらゆる感情を味わうことです

そうやって現世を終え、あの世で反省点を振り返り、来世のシナリオ(定め)を決めて、また生まれ変わる。こうして、輪廻転生を繰り返していく流れになります。
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このように、シンプルに考えると、スピリチュアルというのは決して難しいものではなく、目には見えない心や考え方を大切にして、人間としての在り方と向き合っていきましょう!ということ。なので、何か大きな結果や成功を収めることだけが全てではありません。

中には、学歴やキャリア、権力、地位、名誉、立場など、そういったものに固執して、目に見える形だけに価値を見い出し、心を大切にする人を見下したりバカにしたりする人もいますが、そういった人はまだ未熟な魂で学びが足りていないんです。

人間界では価値があると思っていることでも、あの世に戻ると、全く価値のないものだったと改めて気づかされることになります。

例えば、これだけお金持ちになって偉くなったのだから、人をバカにしたり威張ったりしてもいいんだ!!と思い込んでいたけど、本来であれば、人生がうまくいっている時こそ、人に何か喜びを与えたり、役に立ったり、助けてあげたり、恵んであげたりすべきだった。

そういう人間的な成長につながる行動を謙虚に行うべきだったと、そういった反省をあの世で行うことになるのです

逆に、ずっと貧乏で、それが原因でお金がないから自分は不幸・・と思って生きてきた人は、もしかしたら、本来学ぶべきことが、「貧乏でもいじけないこと」「知恵を使って人の助けを借りること」「小さな幸せや楽しみを見つけること」「貧しくても最後まで生き抜くこと」など、そういった定めなのかもしれません。

つまり、反スピリチュアル主義の人も、「魂」はただただ幸せに生きたい!成長したい!と、潜在的にはそう理解はしているけれど、この物的世界にいると、どうしても自我の強さが出てしまって、本当に大切なことを見失ってしまうことがあるのです。

ただ、それが悪い!!と解釈してしまうのが一番ネガティブな生き方になってしまうので、そうではなくて「悔しい」「苦しい」「寂しい」「辛い」「もどかしい」「何とかしたい」「叶えたい」「救われたい」など、このような様々な心の動きを体感することに意味があるので、誰一人として無駄な人生は存在しません

だって、そうですよね。もしかしたら、現世では生まれながらにしてお金持ちの環境で過ごす人生だとしても、来世では貧しい国に生まれ育つ人生で頑張るのかもしれない。
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そう考えると、魅力的な人に嫉妬したり、足を引っ張ったり、批判したりする必要なんて全くありませんよね。

例えば、あの人は実力がないのに、親に家を建ててもらって裕福な生活をしている!と、あざ笑う人もいるかもしれないけど、『実力がないのにお金持ちになる運の良さを兼ね備えている』その背景には、前世でたくさん人のために奉仕を行ってきたのかもしれません

そういった想像力を持つことができるのが、スピリチュアルを学ぶ一つの醍醐味なのではないでしょうか。

おそらく、こういった話を聞いても、意味がない・気持ち悪い・必要ない!と感じる人はいると思いますが、それはそれで何も問題ないと思います。

その人が、本当に必要だと感じるタイミングが来たら学べばいいことですし、学ばざるを得ない状況になったり、心境になったりした時が、ベストな学びのタイミングなので、その時が来たらぜひ、楽しく学んでみていただけたらと思います。

私は何百年に一度の月の時代とか、風の時代とか、太陽の時代とか、そういったことは自分ではよくわからなかったので、いろんな人の動画を見ながら少しずつ理解しているところです。

自分には、未来を予知する特殊能力などを持っているわけではありませんが、斎藤一人さんがおっしゃっているように、「日々の生活で奇跡はすでに起きている」と思って、感謝の気持ちを大切にしています。

ご飯が食べられること、目が見えること、耳が聞こえること、外に出て歩くことができること。こうした一つ一つの奇跡を感じながら、目には見えない心や考え方に焦点を当てる。

そして、「自分には価値がある」「自分はすごいんだ」「やればできる」「幸せ」「豊か」「なんとかなる」など、こういった言霊を使って、これからも平和に過ごしていけたらと思います。