悟りとは歩んできた道の足の下(脚下)にある【斎藤一人】

こんばんは、ツイてる坊主です。

今日の動画音声は「悟りとは足の下(脚下)にある」というお話。

これはどういう意味かというと、自分が歩いてきた過去の道のりにしか、悟りはないということです。

例えば、子供の頃に失敗したこと、恥をかいたこと、学校での思い出、出会った人達、仕事での成功体験、このように、自分自身が歩んできたこと。

ただ、一般的に「悟り」とは、座禅や滝行、海外に修行へ行く等、そういった遠くかけ離れた世界だと解釈されていますよね。

そうではなくて、本来、悟りというのは、あなた自身の人生そのものであり、これまで辿ってきた道すがらにあるものなんです。

もちろん、成功者の本を読んだり、人生がうまくいっている魅力的な人を研究するという向上心は大切なものですが、あくまでそれはスタート地点に立つための参考材料。

あなたが成長するためには、あなた自身が歩んできた道のりを振り返ること。そこに反省点があり、課題があり、理念や理想もある。

例えば、いじめられた経験があるなら自分は絶対に人をいじめないと決意し、騙された経験があるなら「こういう人が詐欺をする人」だと学ぶ。これが「足元を見る」ということです。

ちゃんと足元を見ている人は、一歩一歩前に進んでいくことができますし、遠くばかり見ている人は「足元をすくわれる」ような展開になっていきます。

なので、自分が生まれ育った場所、家庭環境、描いた夢、成功体験、失敗体験、挫折など、その道のりにどんな意味があったのか、何の学びをしてきたのか、どう今後に生かせるのか。

そういったことが「悟り」であり、こうした生き方のことを「悟りは常に足の下(脚下)にある」といいます

とてもいい話だと思うので、ひとりさんの音声を何度も聞いて、ぜひ活用してみてください。

小さなことを積み重ねる「大悟(だいご)」【斎藤一人】

こんにちは、ツイてる坊主です。

今日の動画音声は「大悟(だいご)の話」です。

まず、大悟(だいご)の意味とは、毎日の小さな悟りを大切にすること。

例えば、ひとりさんの話を聞いた時に、「そんなの知ってるよ?またその話?」と、小さな教えをバカにする人っているんです。

でも、その人が成功しているのかというと、全く成功できていないんですね。

さらに、もっと他にすごいことを知っているようなことを言うわけですが、小ささことに目を向けられない人が、大きなものをつかむことはできません。

その理由は、簡単で小さなことを大切にして、それを積み重ねた先にしか、大きな悟りは得られないからです

また、そもそもの話として、「知っている」と「できる」には大きな差があります。

ほとんどの人は、知っているだけで「できたつもり」になってしまう。でも、だったら、なぜひとりさんはいつも、最低でも100回以上聞くことをおススメしているのでしょうか?

もっと極論をいうと、なぜ、人間の人生が数日で終わらず、何年も何十年も、成長するまでに長い時間を必要とするのでしょうか?

それは、繰り返し繰り返し、小さなことを何度も反復しながらでしか、成長することができないからです。

例えば、起業して商売を始めて、億万長者になりたい!お金持ちになりたい!と野心を抱く人、その志は素晴らしいと思います。

でも、本気で大金を手に入れたいと思うのであれば、その前に、1円,5円,10円,50円,100円、こうした小さなお金を日々、大切にするところからがスタートなんです

そして、仕事をする上でも、掃除を大切にする、笑顔を大切にする、会話を大切にする等、小さいことの積み重ねが必要不可欠。

そういった一般的には「細かいこと」と言われるようなことを一つ一つ、大切にする人しか、成功することはできません。

つまり、大悟(だいご)という大きな悟りに到達するためには、小悟(しょうご)という小さな悟りの積み重ねが必須。

ひとりさんの教えも、ちゃんと話を聞かずに「宗教だ!」と決めつけて、死んだら終わりと思ってる人と、来世もあるのだから、現世の努力は無駄にならないと思ってる人とで、全く視野が異なります。

自我が強い人、固定概念の強い人は、正直、勉強しなさすぎなのではないでしょうか。。

だから、そこに気付いたその瞬間から、いつでもスタートは切れるので、今からでも、あなたにできることを積み重ねていきませんか?

天国言葉を話す、顔につやを出す、光る物を身につける、部屋を掃除する、人に親切にする、人に笑顔で接する、小銭を大切にする等、小さなことを大切にしていきましょう!

幸せ