家内安全を願う時点で日常生活への感謝が欠けている

みなさん、こんにちは!ツイてる坊主です。

本日は、斎藤一人さんが尊敬する、小林正観さんから学んだ「家内安全を願う時点で日常生活への感謝が欠けている」というお話をしたいと思います。

宇宙の法則では、感謝をすればするだけ、その人は「感謝される人間になっていく」といわれています。

要は、自分が与えた物が返ってくるので、感謝に対しては、感謝が返ってくるということ。

また、天の神様は感謝する人を味方するんだそうです

ここで一つ、必ず覚えておかなければならないことがあります。

それは、『神様に「感謝」をするのは〇。神様に「願い事」をするのは×。』

このことは、すでに知っている人も多いと思いますが、神様に対して願い事をすることは、実は、とんでもない大きな間違いなんですね。

例えば、商売繁盛を願ったり、素敵な人との出会いを祈ったり、家内安全を祈願したり、こういったことは、絶対にやってはいけません。

なぜなら、神様はすでに、たくさんの恵みを人間一人一人に与えているからです

この『神様から与えられている恵み』を常に意識しているのであれば、「願い事をする」という発想には、至らないはずですよね。
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あなたは、毎日、下記のような感謝の気持ちを持っていますか?

◎目が見えることに感謝。
◎耳が聞こえることに感謝。
◎食べられることに感謝。
◎自分の足で歩けることに感謝。
◎仕事があることに感謝。
◎お金があることに感謝。
◎着る服があることに感謝。
◎住む家・電気・ガス・水に感謝。
◎家族や身近な人に感謝。

こういった感謝の気持ちや、感謝の言葉を忘れ、「今の状態を何とかしたい!あれもこれも欲しい!」と、願い事を始めると同時に、神様は味方をしなくなります。

だから、商売をやっていて、「もっと売り上げを伸ばしたい」と思う時でも、今いるお客さんに何かできることはないかと、考えなければなりません

また、「家族全員が幸せで病気になりませんように!!」と願う前に、今こうして健康でいられることに「ありがとう」と言い、日々の思い出を大切に育んでいくことが大事。

小林正観さんの本には、「願い事」をすることは、淡々と過ぎる日常を与えてくださる神様に対して、『宣戦布告』をしているようなもの!と記されています。

正直、私は「そこまで言わなくてもいいのでは?」と思いましたが、人間が家内安全を願うことさえも、神的な視点ではタブーとされているようです。

ただ、もちろん、世の中にはたくさんの人が祈願をしているわけで、全員が全員、不幸な人生に流れていくというわけではないと思います。

願い事と同じくらい「感謝の気持ち」を持っている人も、たくさんいるでしょう。

冒頭でもお話したように、自分が与えたものだけが、自分に返ってくるわけですから。
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☆人を愛すれば愛される。人に感謝すれば感謝される。人を嫌えば嫌われる。人を憎めば憎まれる。

★人を愛さなければ愛されない。人に感謝しなければ感謝されない。人を嫌わなければ嫌われない。人を憎まなければ憎まれない。

こういった因果関係を考えると、例えば、「自分は人に迷惑をかけていないから、毎日受け身で何もしなくていいんだ」という人は、愛されることも、感謝されることもない人生を送ることになります。

逆に、仲間になりたいと思った人に対して、積極的に相手が笑顔になるような働きかけをしている人は、やがて相手からも「仲間になりたい」と思ってもらえるようになるでしょう。

ちなみに、『幸せ』の語源は、「為し合わせ(なしあわせ)」といって、お互いにしてあげることが本質。

だから、自分一人の力だけを頼りに努力をして、必死に頑張って生きていこうとする人のもとには、人が集まってきません。

一方、「自分の力なんてないんだ」と、周囲の支えに気付く謙虚さを持っている人には、よき仲間が集まってきます。

よき仲間とは、共に教え合い、共に学び合い、共に交歓し合う仲間のこと。

この「よき仲間」を作るためには、努力や頑張りではなく、「頼まれごとを引き受ける」など、シンプルに『相手に喜ばれること』を続けるのみです。

ぜひ、まずは身近な人に対して、実践してみてください。